2011年8月8日月曜日

太平記英勇傳 荒儀攝津守村重 歌川国芳


no. 27 Aragi Settsu-no-kami Murashige / Taiheiki eiyuden (Heroes of the Great Peace) / Kuniyoshi
太平記英勇傳 荒儀攝津守村重 歌川国芳 1848~1850年頃

"攝州伊丹城主なり其先将軍義昭公に随従して春永に鉾楯(ぼうじゆん)せしが義昭公の柔弱なるをうとんじ大多に降り春永の面前に出るに及んで村重の曰己が領國摂州の地ハ総て十三郡分國にして敵徒所々に城を構へ兵士を集むあハれ其(それがし)に切取の事を仰付られなバ身命を抛(なげうち)切鎮るべしと言上なすに春永莞尓として答をなさず坐右を見玉ふに高坏に饅頭を盛並しものあり腰刀を引抜切先に三ツ五ツ串貫(さしつらぬき)いかに村重我寸志なり食すべしとて目の上に差付たまふ一坐色を失なふ中に荒儀聊(いさゝか)恐るゝさまなく有がたしとにじりより大の口をくわつと開き切先に貫し饅頭を只一ト口に食んとなす春永大きに笑ひ玉ひ聞及し汝が大膽我をさへ驚せり望に任せ切取て摂津守たるべしと仰けれバ村重面目を施し直に打立程なく一國を切従へしが後再び春永に叛き竟(つひ)に伊丹の城を責落され圍(かこミ)を切抜一命を遁れ剃髪して一期を送りしとかや 一家略傳史 柳下亭種員記"



0 件のコメント:

コメントを投稿