2017年5月19日金曜日

うんつくらいの翁(印旛郡宗像村)

国立国会図書館デジタルコレクション - 日本伝説叢書. 下総の巻

 昔々、慈善心の深い一人の老農があつた。或日、霜を踏んで麥圃を耕してゐる時、一羽の雀の、將に凍死しやうとするのを見つけて、可哀さうに思つたので、呼氣に暖めて介抱してをつたところ、突然腹中に飛び込まれてしまつた。老農は百方苦心したけれども如何ともする事が出來ない。其時、遽(にわか)に放屁を催して、つひ一發放つたところが、不思議にも其屁の匂ひのよいこと、殊に其音ときたら、全くの美音で、『うんつくらいうんつくらいぶう』と響いて、恰も天女の奏樂のごとく、香氣と共に復郁として四邊に薫じ響いた。その音、その匂、全く人をして坐(そゞ)ろに恍忽の思ひあらしめるといふので、即ち太守某に徴し出され、發砲一番を命ぜられた所、風聞の如く、妙音芳香之極りなかつたので、乃ち名をうんつくらいの翁と命じ、金品を賜ふて之を賞せられた。ところが、貪欲なる鄰家の老翁は、之を聞いて妬羨に堪へず、わざと雀を捕へて、強いて燕み下し、心窃に恩賞を期してゐた。即ち折をはかり、太守に申して、謁見發砲を命ぜられた。處が彼が放屁すると、異様の音響と共に出でしは名聲ある翁とは眞赤ないつはり、似もつかぬ臭氣紛々とした汚穢物であつたので、太守は勿論從士齊しく鼻を掩ひながら、憤怒の餘り、此翁を獄に下して、嚴罪に處したといふことである。(口碑)