Shokubutsu Zusetsu Zassan / Ito Keisuke
植物図説雑纂. [157] 伊藤圭介 編著 江戸末期-明治時代
古加葡萄酒(コカワイン)広告冊子 田中古加葡萄酒製造所 西島屋宗三郎 1890年頃?
国立国会図書館デジタルコレクション - 植物図説雑纂. [157] コマ番号86/149
"鹿印の商標に御注意を乞ふ Strengthener of the Entire System AND Renovator of the Vital Forces. Specially Prescribed in Cases of Brain Exhaustion, Nervous Depression, Sleeplessness, Nervous Debility, Convalescence, Voice Fatigue."
"南亜米利加産古加葉之圖解 ERYTHROXYLON COCA."
"TONIC COCA WINE 健胃強神 古加葡萄酒 佛國名産 衛生家必要之飲料 本店横濱 西嶋屋"
"抑モ此古加葡萄酒ト稱スルハ近世新奇ヲ争フ數多ノ藥物中ニ於テ尤モ其効顯ノ著シト言ハルゝ古加ノ葉ト精良純粹ナル葡萄トヲ以テ製造シタルモノナルガ故日常ノ飲料トシテ缺ク可カラザルノミナラズ少シク虚弱ノ人ニアリテハ滋養強壮ノ藥劑トシテ其効顯殊ニ著シキ事神ノ如シ是レ弊店ガ故ラニ是ヲ發明工夫シテ發賣スル所以ナリ、夫レ人ハ病ノ器ナリ、然ルニ此器ヲ以テ常ニ無病ヲ希ヒ強壮ニシテ疲勞セザルヲ欲スルノミナラズ日々立チテ働キモシ又ハ座シテ考ヘモシ身ノ為メ、人ノ為メ、貨財(カ子)ノ為メ、苦勞ヲ凌ギ、艱難ニ堪ヘテ尚ホ倦マザルヲ望ムノ人ハ日ニ増シ月ニ多キヲ致セリ、是レ今日ノ時世、氣運ガ然ラシムル所ニシテ詰ルトコロ世ノ文明進歩トハ人事ヲ多忙ニシテ身體ヲ忙ハシク為スモノト云フテ可ナルベク西洋ノ諺ニモ人生大名ヲ為サント欲セバ強キ胃ノ腑ヲ要スト云ヘル如ク時世ト共ニ進ミ行ク農工商ハ勿論、公共ノ事業、政治ノ事等千變萬化雜駁頻繁ノ中ニ處スルニハ所謂病ノ器ノ中ヘ決シテ病ヲ納ルゝ事ナク苦勞艱難ニ遭遇シテモ更ラニ疲勞ト衰弱ヲ招カザルノ要愼コソ處世第一ノ努メト云フ可シ、英吉利ノ國會議員ハ三日ニ上ゲズ徹夜ノ會議ヲ為シテ驚カズ亞米利加ノ蒸滊列車ヲ運轉スルノ機關士ハ一萬哩ヲ三日ニ旅シテ恐ルゝ事ナク直チニ再ビ引還スガ如キ文明人ノ劇職ニ耐ユルハ實ニ感心ナリト雖モ彼等ノ肉體トテ病ノ器タルハ同ジ事ナリ唯日常ノ心掛ケ怠ラズシテ常ニ病ヲ近ヅケザルニ努ムルノミ即チ英國ノ議員ハ精良ナル葡萄酒ヲ議院内ニ用ヰテ疲勞ノ時ノ興奮劑トシ米國ノ機關士モ同ジク是ヲ用ユト云フ、歴史ニテ有名ナル英國ノ大宰相ウヱリアム、ピットハ二十三歳ニテ總理大臣ノ席ニ立チ當時歐米大争亂ノ混亂ニ處シテ晝夜一睡モ為サズ政機ヲ握リシ人ナルガ、此ノ人絶エズ葡萄酒ヲモテ劇務ノ疲勞ヲ助クルノ料ト為セリト精良ナル葡萄酒ガ人身ニ有益ナル事斯ノ如シ、然ルニ又此純良ナル葡萄酒ニ混和スル古加葉ト稱スルモノハ前ニモ述ブル如ク近來發明ノ強壮劑中無比ノ良品ニシテ曾テ西班牙盛大ノ頃南北亞米利加ヲ併呑シテ頻リニ土人ヲ攻伐シタルニ南米ニテ第一ノ強國タル秘露及ビ玻里比亞ノ土人ハ連戰日ヲ重子テ降伏ノ色ナク陣列少シモ疲勞ノ姿ヲ顯ハサゞリシカバ西班牙ノ軍勢モ殆ンド根氣負ケヲ為サントスルニ立至レリ然ルニ此時南米ノ土人ガ何故ニ斯クモ根氣能ク對陣シタルカト云フニ彼等ハ陣中ニテ此古加ノ葉ヲ煎ジ其飲料ト為セシノミナラズ兵士ハ孰レモ其葉ヲ懐中シテ以テ勇氣ヲ勵マスノ藥料ト為シタルガ為ニシテ是ヨリ古加葉ノ名ハ一時ニ歐洲ニ廣マリ根氣ノ藥トシ又強壮劑トシテ一般ニ用ヰラレシガ其後英國人ノ再ビ秘露ニ入リテ鑛山ヲ創メタル者ガ土人ヲ使役シテ高山ニ登ラシメタルニ彼等ハ更ニ恐ルゝ色ナク歐洲人ノ登リ能ハザル峻坂ヲ攀ヂテ空氣稀薄ノ頂ニ上下スル事平坦ノ地ヲ歩ムガ如シ依テ英人ハ是レニ驚キ其原因ヲ糺シタルニ全ク古加葉ヲ懐中シテ氣息逼塞セル時用ユルナリト答ヘタリ是ニ於テカ前ノ評判ハ益々高クナリテ今日歐米ノ人民ハ一般ニ是ヲ用ヰザル者ナク醫師並ビニ學者等ハ皆口ヲ揃ヘ其効顯ヲ賞讃シ當時文明ノ氣運ガ蒸氣電氣ノ發明ヲ促シテ人事ノ繁忙ヲ加ヘタルニモ拘ハラズ日常劇務ニ當ルノ人ガ衰弱疲勞ヲ顯ハサゞルハ全ク古加葉ノ恩恵ナリト云フニ到レリ、古加葉ノ靈顯ナル實ニ又偉大ト云フ可シ、左レバ我國ニテモ日ニ世事ノ繁忙ニ進ム折抦此古加葡萄酒ヲ日常ノ飲料ト為スハ根氣ヲ養ヒ、精神ヲ爽ニシ忍耐力ヲ勵マシ記臆力ヲ增シ筋肉ヲ強壮ニシ衰弱ヲ防ギテ寒暑ノ邪氣ヲ攘フガ為メ最モ必要ノ事ト云フベシ、今左ニ古加葉ノ藥劑トシテ殊ニ靈功アリシ成蹟及ビ諸大家ノ學説ヲ掲ゲンニ
古加ハ元來 Erythroxylon Coca ト呼ベル灌木ニシテ秘露及ビ玻里比亞ニ産シ其葉ハ馥郁タル香氣ヲ保チテ稍苦味アリ南米ノ土人ハ常ニ興奮劑并ニ營養劑トシテ是ヲ咀嚼シ飢渇ヲ癒シ困憊ヲ救フノ料ト為セルガ是ヲ病人又ハ健康體ノ人ニ用ユルニ左ノ如キ効能アリ
(1)演説家及音樂家ノ美音樂
(2)音聲氣管諸病ノ恢復期
(3)相撲其他過劇ノ勞働ニ從事スルモノ
(4)船中又ハ滊車中頭痛眩暈嘔吐等不快ヲ感スルトキ
(5)嚴寒ノ候又ハ濕潤セル空氣中ノ勞働者
(6)夜中不眠ノ習癖アルモノ
(7)神經系統ノ衰憊セルモノ
(8)生殖器系統ノ衰弱セルモノ
(9)筋肉及一般ノ衰弱
(10)記臆力ノ减却セルモノ
(11)頭痛及凡テノ神經痛
(12)胃痙、疝痛、及凡テノ消化不良
(13)阿片、アルコール、煙草等濫用ノ為メ自然ニ身體疲勞セルモノ
(14)肺結核熱性諸病種々ノ原因ヨリ發スル齒齦及口内炎凡テノ貧血症
(15)重症患者ノ恢復期
(16)神經衰弱症及神經系ノ過敏ナルモノ
(17)精神ノ抑壓セルモノ欝憂病、ヒステリー病
(18)中年以上ノ早衰ヲ防ギ而シテ強壮ヲ保持ス
(19)諸種ノ源因ヨリ來ル嘔吐及下痢
以上ノ諸症ハ孰レモ古加ノ効顯ニ依リテ強壮舊ニ復シ又活氣以前ニ倍トナルモノ少ナカラズ
英國ニテ有名ナル藥物書ノ著述家ドクトル、リンガー氏ハ其著ハセル書中特書シテ曰ク「古加ハ體内組織ノ變化ヲ制限スル作用アルヲ以テ肺結核ニ卓効アルノミナラズ凡テノ熱性諸病ニ用ヰテ効力顯著ナリ、傳染性諸病ニハ是レガ豫防劑トシテ有益無上ノ品ナルベシト
英國名醫アルチボルトスミス氏ハ古加ノ効能ニツキテ「能ク神經力ヲ盛ニシ精神ノ疲勞ヲ去リテ爽快ナラシムルノ効アリ」ト云ヒタリ
英人ドクトルウヱッデル氏ハ古加ノ興奮力ヲ述ベテ「其興奮力ハアルコールノ如キ過激ノ性ヲ帶ビス且ツ反動力モ起サゞルガ故温和ニシテ久シキニ耐へ得ルガ上茶又ハ珈琲ノ如ク睡眠ヲ妨害スル事ナク全身ノ神經系統一般ニ波及シテ是ヲ爽快ナラシム可シト
獨逸ニテ有名ナル生理學者ピヨピン氏ハ「古加ハ神經系刺戟藥ニシテ善良ナル滋養物ナリ」ト云ヘリ
佛人フンボルト氏ハ三歳ノ童兒モ是レヲ知ラヌモノナキ有名ノ探險者ナルガ曾テ南米ニ旅行シテチンボラソート云ヘル高山ニ登リシ時其從僕ノ木葉ヲ噛ミテ更ニ疲勞セザリシニ驚キ其理由ヲ尋ネタルニ全ク古加葉ノ効能ナル事ヲ知リ得タリ
又歐洲第一ノ旅行者チユヂー氏ハ一人ノ僕ノ一方ナラヌ勞役ニ從事スルニモ拘ハラズ五日間單ニ古加葉ノミヲ食シ日々二三時間睡眠スルノミニテ五日ノ後重荷ヲ負ヒテ二十三哩ノ遠路ヲ往クヲ見タル事アリト云フ
古加葡萄酒釀造元 横濱田中古加葡萄酒製造所
古加葡萄酒發賣元 横濱市境町壹丁目十番地 西島屋宗三郎 (電話番號二百八十七番)"
2014年11月29日土曜日
2012年1月8日日曜日
"尚紅蓮" で検索
グレン・ショー「言葉テンヤワンヤ」: うわづら文庫@ココログ
うわづら文庫さんのグレン・ショーの短文(pdf)が面白かったので、現時点で "尚紅蓮" で検索してわかることをメモ。
ショー とは - コトバンク
デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説
ショー Shaw, Glenn W.
1886-1961 アメリカの日本文学研究家。
1886年11月19日生まれ。大正2年(1913)来日。大阪外国語学校などで英語をおしえ,戦後はアメリカ大使館文化担当官。戦争中をのぞき在日36年。その間,尚紅蓮(しょう-ぐれん)の名で俳句をつくり(句集「蟹水仙」),「出家とその弟子」「藤十郎の恋」「羅生門」などを翻訳した。1961年8月26日死去。74歳。ロサンゼルス出身。コロラド大卒。
【格言など】京のセミ幾億匹の暑さかな
『戦前期『週刊朝日』総目次』から - 神保町系オタオタ日記
(里見弴の著作)
昭和6年7月12日~11月8日 (英訳・尚紅蓮)「安城家の兄弟」
昭和7年4月17日 (英訳・尚紅蓮)「夜桜」
古書の森日記 by Hisako:KIKUCHI KWAN『TOJURO'S LOVE AND FOUR OTHER PLAYS』(1925) - livedoor Blog(ブログ)
訳者はGLENN W.SHAW。収録されているのは、タイトルの「藤十郎の恋」をはじめ「奇蹟」「敵討以上」「父帰る」「屋上の狂人」である。
写真でわかるように、かなり傷んでいてしみがついているため300円。口絵や挿絵は1枚もついていない。菊池寛のいい読者というわけでもないのだが、つい買ってしまった。日本人の名前の表記を姓名の順にするのか、ひっくり返して名前を先にするのかで、よく意見が分かれるが、この本は、表紙も中のとびらも「KIKUCHI KWAN」となっている。翻訳者のグレン・W・ショーの方針だったのだろうか。
グレン・W・ショーという人については、自序以外の情報は見つけられなかったが、大阪と山口の高校で英語を教えていたように思われる。国会図書館で検索してみると、倉田百三の『出家とその弟子』などいくつか日本の戯曲の英訳書を出しているほか、『OSAKA SKETCHES』という著書もあるらしい。
e-短冊.com / グレン ショー / 俳句
村山の上野上にも朝日出る 尚紅蓮
作者プロフィール
グレン ショー
(ぐれん しょー)
カナダの宣教師。トロント出身。トリニティー大卒。明治6年(1873)イギリス海外福音伝道会から派遣されて来日。聖アンデレ教会をつくり日本聖公会の指導者の育成にあたる。軽井沢を避暑地として開発、紹介した。明治35年(1902)歿、56才。
※プロフィールは「Shaw, Alexander Croft」のもの。コトバンクでプロフを探して私も勘違いしかけた。俳句の出所も怪しいかもしれない。
倉田百三
2.百三作品の英訳3点
(1) Shaw, Glenn W. The Priest and His Disciples(『出家とその弟子』)
The Hokuseido Press, 1922.
日本は東洋西洋の興味ある焦点の一つである。この民族に何も心配はいらない。西洋の多くの影響の下にも、私は日本人が昔からの美へのあこがれをかたくまもっている姿を何度か目にしている。
自動車の渦巻く中を菊車 尚 紅蓮
グレン・ショー「西洋と東洋の興味ある焦点」
『日本人の道徳的心性』(1955)
ピアストーン:BLOG 〜維一郎の随筆〜: 野菜随筆二(西瓜)
(1955年の随筆らしい)
少し後の頃、神戸高商にグレン・ショウ(尚紅蓮)という人があって(今も健在でラジオなどに出る)週刊朝日に英語の短文を連載していた。中学上級生の勉強的読物だったが、それは随筆みたいな内容のものだった。「日本人は、西瓜を三日月型に切って、それにかぶりついて食う。(西洋人はどうして食うか今以て私は知らない)美しく化粧した日本の娘さんが、あれをやっているのを見ると――」と、ショウ氏が書いていたように思う。そして大阪の道頓堀の夜景を叙し「三日月型の内側をえぐった“西瓜の皮”が沢山流れている」と述べてあった。私は「ははあ“西瓜の皮の流れけり”だな」と思った。
A GUIDE BOOK to OSAKA ~国際観光都市 OSAKA~
6 Osaka sketches 浪華の足
Hokuseido Press 1929(昭和4)年 (221.3-1300)
冒頭に“City of Water”“City of Bridges”“City of Smoke”“Japan's Kitchen” “Industrial and Commercial Capital of Japan”と書かれており、大大阪時代の街の様子を写真や近世の『浪華の賑わい』なども引用して紹介しています。
著者のGlenn W Shaw はロスアンジェルス生まれのアメリカ人で大阪高等商業・市岡中学・今宮中学で英語を教えた教育者。日本文学の翻訳にも携わりました。戦後もアメリカ大使館に勤めた親日派で“Osaka sketches 浪華の足”の表紙では「尚 紅蓮」とも名乗っています。
Shaw, Glenn W. - Webcat Plus
大日本魚類画集 大野麥風著 西宮書院 1937.8-1940.9
羅生門 : 英和対照 芥川竜之介著 ; グレン・ショウ訳 原書房 1971
本日休診 井伏鱒二著 ; E.サイデンステッカー, グレン・ショウ訳 原書房 1971.3
本日休診 井伏鱒二著 ; E.サイデンステッカー, グレン・ショウ訳 原書房 1964.9
Shin Wiro by Glenn W. Shaw and Jiro Nagura Jūōsha, 1922
Clouds and Climate Change Glenn E. Shaw University Science Books, c1996
Short stories by R. Akutagawa Translated by Glenn W. Shaw Hokuseido Press, 1974, 1930
The priest and his disciples : a play by Kurata Hyakuzo ; translated from the Japanese by Glenn W. Shaw Hokuseido, 1969
Three plays by Yamamoto Yūzō ; translated from the Japanese by Glenn W. Shaw Hokuseido, 1957
2006-05-06 - 日本語関係の目次・索引など - 索引グループ
『言語生活』第54号 昭和31.3 特集・試験時代
国立国語研究所監修
筑摩書房発行
定価 70円
言葉テンヤワンヤ 尚紅蓮(グレン・ショー)
里見弴・詳細年譜:猫を償うに猫をもってせよ
・12日~11月8日(英訳・尚紅蓮)「安城家の兄弟」『週刊朝日』
・17日(英訳・尚紅蓮)「夜桜」
戦前期週刊誌メディアの受容形態 ― その大衆性と戦争加担との関係に着目して(pdf)
また,広告だけでなく,創刊当初の『週刊朝日』と『サンデー毎日』にはグレン・ショウ(尚紅蓮)の英文小説(「浪華の足」『週刊朝日』1924 年 6 月 29 日号掲載)や英文の記事(「有島武郎氏の死(英文)」『サンデー毎日』1923 年 7 月 22 日号掲載)等も記事も掲載されており,これらのことも,両誌が実際にどのような読者層をターゲットとしていたかを不明瞭にしている.
表 82 からは,掲載総数は多いが,日中戦争を境に執筆数が大きく異なる人物がいることが分
かる.最も執筆数の多いグレン・ショウ(尚紅蓮)は,大正末期より英文小説を『週刊朝日』に多
数執筆しているが,1930 年代に入ると掲載記事はなくなり,『週刊朝日』誌上からも英文小説や
英文欄がなくなっている.6 章 6.4 女性関連記事のところでも触れたが,英文記事や英文広告,
英文小説を読める読者層は恐らく知識階級に限られていると考えられるため,英文小説が 1930
年代にはほぼ掲載されなくなったことからも,『週刊朝日』が誌面の「大衆化」を図った様子がう
かがえる.
頁 巻号
26072 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-18, 1932(昭和7)年10月16日号 小説
26106 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-19, 1932(昭和7)年10月23日号 小説
26164 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 30 22-20, 1932(昭和7)年10月30日号 小説
26195 米利堅土産 尚紅蓮 12 22-21, 1932(昭和7)年11月1日号 娯楽
26196 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 14 22-21, 1932(昭和7)年11月1日号 小説
26237 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-22, 1932(昭和7)年11月6日号 小説
26256 米利堅土産 尚紅蓮 28 22-22, 1932(昭和7)年11月6日号 娯楽
26288 翠眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-23, 1932(昭和7)年11月13日号 小説
26299 米利堅土産 尚紅蓮 34 22-23, 1932(昭和7)年11月13日号 娯楽
26329 翠眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-24, 1932(昭和7)年11月20日号 小説
26369 翠眼鏡(英文) 尚紅蓮 18 22-26, 1932(昭和7)年12月4日号 小説
26407 翠眼鏡(英文) 尚紅蓮 7 22-27, 1932(昭和7)年12月11日号 小説
26451 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 11 22-28, 1932(昭和7)年12月18日号 小説
以上
うわづら文庫さんのグレン・ショーの短文(pdf)が面白かったので、現時点で "尚紅蓮" で検索してわかることをメモ。
ショー とは - コトバンク
デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説
ショー Shaw, Glenn W.
1886-1961 アメリカの日本文学研究家。
1886年11月19日生まれ。大正2年(1913)来日。大阪外国語学校などで英語をおしえ,戦後はアメリカ大使館文化担当官。戦争中をのぞき在日36年。その間,尚紅蓮(しょう-ぐれん)の名で俳句をつくり(句集「蟹水仙」),「出家とその弟子」「藤十郎の恋」「羅生門」などを翻訳した。1961年8月26日死去。74歳。ロサンゼルス出身。コロラド大卒。
【格言など】京のセミ幾億匹の暑さかな
『戦前期『週刊朝日』総目次』から - 神保町系オタオタ日記
(里見弴の著作)
昭和6年7月12日~11月8日 (英訳・尚紅蓮)「安城家の兄弟」
昭和7年4月17日 (英訳・尚紅蓮)「夜桜」
古書の森日記 by Hisako:KIKUCHI KWAN『TOJURO'S LOVE AND FOUR OTHER PLAYS』(1925) - livedoor Blog(ブログ)
訳者はGLENN W.SHAW。収録されているのは、タイトルの「藤十郎の恋」をはじめ「奇蹟」「敵討以上」「父帰る」「屋上の狂人」である。
写真でわかるように、かなり傷んでいてしみがついているため300円。口絵や挿絵は1枚もついていない。菊池寛のいい読者というわけでもないのだが、つい買ってしまった。日本人の名前の表記を姓名の順にするのか、ひっくり返して名前を先にするのかで、よく意見が分かれるが、この本は、表紙も中のとびらも「KIKUCHI KWAN」となっている。翻訳者のグレン・W・ショーの方針だったのだろうか。
グレン・W・ショーという人については、自序以外の情報は見つけられなかったが、大阪と山口の高校で英語を教えていたように思われる。国会図書館で検索してみると、倉田百三の『出家とその弟子』などいくつか日本の戯曲の英訳書を出しているほか、『OSAKA SKETCHES』という著書もあるらしい。
e-短冊.com / グレン ショー / 俳句
村山の上野上にも朝日出る 尚紅蓮
作者プロフィール
グレン ショー
(ぐれん しょー)
カナダの宣教師。トロント出身。トリニティー大卒。明治6年(1873)イギリス海外福音伝道会から派遣されて来日。聖アンデレ教会をつくり日本聖公会の指導者の育成にあたる。軽井沢を避暑地として開発、紹介した。明治35年(1902)歿、56才。
※プロフィールは「Shaw, Alexander Croft」のもの。コトバンクでプロフを探して私も勘違いしかけた。俳句の出所も怪しいかもしれない。
倉田百三
2.百三作品の英訳3点
(1) Shaw, Glenn W. The Priest and His Disciples(『出家とその弟子』)
The Hokuseido Press, 1922.
日本は東洋西洋の興味ある焦点の一つである。この民族に何も心配はいらない。西洋の多くの影響の下にも、私は日本人が昔からの美へのあこがれをかたくまもっている姿を何度か目にしている。
自動車の渦巻く中を菊車 尚 紅蓮
グレン・ショー「西洋と東洋の興味ある焦点」
『日本人の道徳的心性』(1955)
ピアストーン:BLOG 〜維一郎の随筆〜: 野菜随筆二(西瓜)
(1955年の随筆らしい)
少し後の頃、神戸高商にグレン・ショウ(尚紅蓮)という人があって(今も健在でラジオなどに出る)週刊朝日に英語の短文を連載していた。中学上級生の勉強的読物だったが、それは随筆みたいな内容のものだった。「日本人は、西瓜を三日月型に切って、それにかぶりついて食う。(西洋人はどうして食うか今以て私は知らない)美しく化粧した日本の娘さんが、あれをやっているのを見ると――」と、ショウ氏が書いていたように思う。そして大阪の道頓堀の夜景を叙し「三日月型の内側をえぐった“西瓜の皮”が沢山流れている」と述べてあった。私は「ははあ“西瓜の皮の流れけり”だな」と思った。
A GUIDE BOOK to OSAKA ~国際観光都市 OSAKA~
6 Osaka sketches 浪華の足
Hokuseido Press 1929(昭和4)年 (221.3-1300)
冒頭に“City of Water”“City of Bridges”“City of Smoke”“Japan's Kitchen” “Industrial and Commercial Capital of Japan”と書かれており、大大阪時代の街の様子を写真や近世の『浪華の賑わい』なども引用して紹介しています。
著者のGlenn W Shaw はロスアンジェルス生まれのアメリカ人で大阪高等商業・市岡中学・今宮中学で英語を教えた教育者。日本文学の翻訳にも携わりました。戦後もアメリカ大使館に勤めた親日派で“Osaka sketches 浪華の足”の表紙では「尚 紅蓮」とも名乗っています。
Shaw, Glenn W. - Webcat Plus
大日本魚類画集 大野麥風著 西宮書院 1937.8-1940.9
羅生門 : 英和対照 芥川竜之介著 ; グレン・ショウ訳 原書房 1971
本日休診 井伏鱒二著 ; E.サイデンステッカー, グレン・ショウ訳 原書房 1971.3
本日休診 井伏鱒二著 ; E.サイデンステッカー, グレン・ショウ訳 原書房 1964.9
Shin Wiro by Glenn W. Shaw and Jiro Nagura Jūōsha, 1922
Clouds and Climate Change Glenn E. Shaw University Science Books, c1996
Short stories by R. Akutagawa Translated by Glenn W. Shaw Hokuseido Press, 1974, 1930
The priest and his disciples : a play by Kurata Hyakuzo ; translated from the Japanese by Glenn W. Shaw Hokuseido, 1969
Three plays by Yamamoto Yūzō ; translated from the Japanese by Glenn W. Shaw Hokuseido, 1957
2006-05-06 - 日本語関係の目次・索引など - 索引グループ
『言語生活』第54号 昭和31.3 特集・試験時代
国立国語研究所監修
筑摩書房発行
定価 70円
言葉テンヤワンヤ 尚紅蓮(グレン・ショー)
里見弴・詳細年譜:猫を償うに猫をもってせよ
・12日~11月8日(英訳・尚紅蓮)「安城家の兄弟」『週刊朝日』
・17日(英訳・尚紅蓮)「夜桜」
戦前期週刊誌メディアの受容形態 ― その大衆性と戦争加担との関係に着目して(pdf)
また,広告だけでなく,創刊当初の『週刊朝日』と『サンデー毎日』にはグレン・ショウ(尚紅蓮)の英文小説(「浪華の足」『週刊朝日』1924 年 6 月 29 日号掲載)や英文の記事(「有島武郎氏の死(英文)」『サンデー毎日』1923 年 7 月 22 日号掲載)等も記事も掲載されており,これらのことも,両誌が実際にどのような読者層をターゲットとしていたかを不明瞭にしている.
表 82 からは,掲載総数は多いが,日中戦争を境に執筆数が大きく異なる人物がいることが分
かる.最も執筆数の多いグレン・ショウ(尚紅蓮)は,大正末期より英文小説を『週刊朝日』に多
数執筆しているが,1930 年代に入ると掲載記事はなくなり,『週刊朝日』誌上からも英文小説や
英文欄がなくなっている.6 章 6.4 女性関連記事のところでも触れたが,英文記事や英文広告,
英文小説を読める読者層は恐らく知識階級に限られていると考えられるため,英文小説が 1930
年代にはほぼ掲載されなくなったことからも,『週刊朝日』が誌面の「大衆化」を図った様子がう
かがえる.
頁 巻号
26072 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-18, 1932(昭和7)年10月16日号 小説
26106 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-19, 1932(昭和7)年10月23日号 小説
26164 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 30 22-20, 1932(昭和7)年10月30日号 小説
26195 米利堅土産 尚紅蓮 12 22-21, 1932(昭和7)年11月1日号 娯楽
26196 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 14 22-21, 1932(昭和7)年11月1日号 小説
26237 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-22, 1932(昭和7)年11月6日号 小説
26256 米利堅土産 尚紅蓮 28 22-22, 1932(昭和7)年11月6日号 娯楽
26288 翠眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-23, 1932(昭和7)年11月13日号 小説
26299 米利堅土産 尚紅蓮 34 22-23, 1932(昭和7)年11月13日号 娯楽
26329 翠眼鏡(英文) 尚紅蓮 16 22-24, 1932(昭和7)年11月20日号 小説
26369 翠眼鏡(英文) 尚紅蓮 18 22-26, 1932(昭和7)年12月4日号 小説
26407 翠眼鏡(英文) 尚紅蓮 7 22-27, 1932(昭和7)年12月11日号 小説
26451 碧眼鏡(英文) 尚紅蓮 11 22-28, 1932(昭和7)年12月18日号 小説
以上
2011年7月31日日曜日
東海道五十三對 藤枝 歌川国芳
Fujieda / Tokaido gojusan-tsui (Fifty-three pairings along the Tokaido Road) / Kuniyoshi
東海道五十三對 藤枝 歌川国芳 1845年頃
"熊谷次郎直実佛門に入て上洛し黒谷の法然上人の弟子となり蓮生法師と改め故郷へかへる道 藤枝の駅に宿せし家にて鳥目壱〆文(いつくわんもん)を上洛まで借用して其質物(しちもつ)に十念を授け故郷へ帰り其後又上洛の砌壱〆文を返し預け置し十念を今又我に玉ハれといふにいと安き事と十念を返す不思議なるハ初め十念を受し時 池に蓮華十茎咲出たるが今返す時念佛一遍に一茎づゝ消失せり此奇特を感じ責て一ぺんハ我に残し玉ハれと願へバ念佛一遍を与へ上洛しける夫より此家を寺となし蓮生寺と号するなり"
東海道五十三對 藤枝 歌川国芳 1845年頃
"熊谷次郎直実佛門に入て上洛し黒谷の法然上人の弟子となり蓮生法師と改め故郷へかへる道 藤枝の駅に宿せし家にて鳥目壱〆文(いつくわんもん)を上洛まで借用して其質物(しちもつ)に十念を授け故郷へ帰り其後又上洛の砌壱〆文を返し預け置し十念を今又我に玉ハれといふにいと安き事と十念を返す不思議なるハ初め十念を受し時 池に蓮華十茎咲出たるが今返す時念佛一遍に一茎づゝ消失せり此奇特を感じ責て一ぺんハ我に残し玉ハれと願へバ念佛一遍を与へ上洛しける夫より此家を寺となし蓮生寺と号するなり"
2011年7月28日木曜日
人間萬事愛婦美八卦意 癇積の晴嵐 損 歌川国芳
The Trigram Xun, Wind: Loss, Clearing Weather after a Temper Tantrum (Son, kanshaku no seiran), from the series Eight Views of Incidents in Daily Life: Women Representing the Eight Trigrams (Ningen banji ômi hakkei) / Kuniyoshi
人間萬事愛婦美八卦意 癇積の晴嵐 損 歌川国芳 1849~1850年頃
"此卦にあたる人ハどうもかんしやくがあつてじり/\して やゝともするとなにかをこハす事があり それハまことにわるいしやれにて とがもなきどびんやゆのミがいつでもやられるなり これほんのむだ事にて あとにてすぐにかハねバようがたりず さつそくそんがゆくなり じつにたんきハそんきできんせんをつひやし たぬきせんきできんたまをふくらし せつかくたまつたどうぐをかんしやくでこハし/\するとほねをりぞんのくたびれまうけなり それゆゑにせき損さまの御しんごんにも こハすハそんだばさらんだ?とまうす ありがたし/\"
人間萬事愛婦美八卦意 癇積の晴嵐 損 歌川国芳 1849~1850年頃
"此卦にあたる人ハどうもかんしやくがあつてじり/\して やゝともするとなにかをこハす事があり それハまことにわるいしやれにて とがもなきどびんやゆのミがいつでもやられるなり これほんのむだ事にて あとにてすぐにかハねバようがたりず さつそくそんがゆくなり じつにたんきハそんきできんせんをつひやし たぬきせんきできんたまをふくらし せつかくたまつたどうぐをかんしやくでこハし/\するとほねをりぞんのくたびれまうけなり それゆゑにせき損さまの御しんごんにも こハすハそんだばさらんだ?とまうす ありがたし/\"
2011年7月23日土曜日
xxxxxxx403氏のGoogle 画像検索ポストまとめ
こちらのタンブラーの方が時折Google画像検索の結果をポストするのだが、毎度楽しいのでまとめ。
Google画像検索 「バス停 田舎」 →
Google画像検索 「廃線跡」 →
Google画像検索 「宿根木」 →
Google画像検索 「鎮守の森」 →
Google画像検索 「滑り台」 →
※自分で実行して「おっ!」となったのをオマケに。
Google画像検索 「犬張子 ざる被り」 →
Google画像検索 「Phyllis and Aristotle」 →
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2011年7月14日木曜日
醉見八盃 歌川国芳
from the series Eight Views of Drunkards (Yômi happai) / Kuniyoshi
醉見八盃 きげん上戸 歌川国芳 年代不詳
"おや/\どふしたのだノフ。ウゝきいたふうだョゥ。へぼのくせにサ。マア一ッおのませョ。これさ/\あのこや。いまのものをとつてきなノ。それからノ。あの。ウゝあとハいゝよ/\。サア十けんだョ。イヨさいしよハ二本であいこで。イヨうるさい。ヲヤ/\/\/\。アハゝゝゝゝゝゝゝゝ。おそろしいずるけんだョ。イヘ/\/\。イゝまけてやる/\。サア一チとり。イヨニほんでわるいぞ。またわるいぞ。イヨ三ぼんとつた。四ほんで。ヲヤまたそろ/\はじまつた。アハゝゝゝゝゝゝゝ。いやだョ/\。四本とつていますョ。イヨ五本目六本で。イヨあいこで。六本三ぼんうるさいぞ。七本とり八本とつたョ。イヨはらつて。いへ/\/\。まだ/\。アハゝゝゝゝゝゝ。くやしいョ。サア/\もふはしがなくなつたから此きせるで。イヨ/\一ぽんになりますョ。おや。アハゝゝゝゝゝゝゝゝ。またあんないけまじ/\としてサ。サア/\いよ/\十本でございますョ。あれサおみよ。アノずるいことハ。アハゝゝゝゝゝゝゝ。アハゝゝゝゝゝゝゝ。あのなりハサアハゝゝゝゝゝゝゝゝゝ。へぼハどこだ/\/\。アハゝゝゝゝゝゝ。おや/\だれだかこんなものをこゝへおいたョ。いやだねへ。アハゝゝゝゝゝゝゝ。おやそこらに。かんざしがおちていやしまいか。みておくれョ。なんだとへ。おやどふしやう。あたまにさしてあつたョ。アハゝゝゝゝゝゝゝ。アゝおもしろかつた。"
醉見八盃 きげん上戸 歌川国芳 年代不詳
"おや/\どふしたのだノフ。ウゝきいたふうだョゥ。へぼのくせにサ。マア一ッおのませョ。これさ/\あのこや。いまのものをとつてきなノ。それからノ。あの。ウゝあとハいゝよ/\。サア十けんだョ。イヨさいしよハ二本であいこで。イヨうるさい。ヲヤ/\/\/\。アハゝゝゝゝゝゝゝゝ。おそろしいずるけんだョ。イヘ/\/\。イゝまけてやる/\。サア一チとり。イヨニほんでわるいぞ。またわるいぞ。イヨ三ぼんとつた。四ほんで。ヲヤまたそろ/\はじまつた。アハゝゝゝゝゝゝゝ。いやだョ/\。四本とつていますョ。イヨ五本目六本で。イヨあいこで。六本三ぼんうるさいぞ。七本とり八本とつたョ。イヨはらつて。いへ/\/\。まだ/\。アハゝゝゝゝゝゝ。くやしいョ。サア/\もふはしがなくなつたから此きせるで。イヨ/\一ぽんになりますョ。おや。アハゝゝゝゝゝゝゝゝ。またあんないけまじ/\としてサ。サア/\いよ/\十本でございますョ。あれサおみよ。アノずるいことハ。アハゝゝゝゝゝゝゝ。アハゝゝゝゝゝゝゝ。あのなりハサアハゝゝゝゝゝゝゝゝゝ。へぼハどこだ/\/\。アハゝゝゝゝゝゝ。おや/\だれだかこんなものをこゝへおいたョ。いやだねへ。アハゝゝゝゝゝゝゝ。おやそこらに。かんざしがおちていやしまいか。みておくれョ。なんだとへ。おやどふしやう。あたまにさしてあつたョ。アハゝゝゝゝゝゝゝ。アゝおもしろかつた。"
醉見八盃 へど上戸 歌川国芳 年代不詳
"ゲヘ/\こゝハどゝどこだ。なにどこでもいゝじやァねへかッ。あしもとハよろ/\も。くそがあきれらァ。なんだおれがどふした。おもしろくもねへ。どふだとよかろふ。よくなくつてどふするものか。ゲヘ/\/\げろ/\/\。げろ/\/\/\。プウ/\/\。なんだこいつらァ。きつねかいぬか。てめへたちやァ。よくそうじをしてくれろョ。ありがてへ/\。今またナそれげろ/\/\/\。アゝくるしくつてならねへ。げろ/\/\/\。ヤアまたひとりきたナ。はば/\はばかりでごせへすッ。アハゝゝゝゝゝゝ。だれだおれが口をなめるのハ。よせへきたねへふざけるなョ。これさまたなめるか。これはおりよぐわいでごぜへやすッサ。だれだとおもつたら白か。しろこうやかわることもねへかノ。てめへもさけがすきだナ。このごろにどこぞへいつていつぺへやらかそうヨ。これさなめるなョ。ヱゝとてものことにあしをなめてくれへ。アゝモウうるせへやつだ。これてめへつれといつしよに。うちへいかねへか。こんやおれがうちへ。とまらつし。ゲヘ/\/\/\。これハはばかり。はば/\はばかりでこせへしたョ。プウ/\/\/\。"
太平記英雄傳 登喜十郎左エ門光隣
from the series Heroes of the Taiheiki (Taiheiki eiyû den) / Kuniyoshi
太平記英雄傳 登喜十郎左エ門光隣 歌川国芳 1848年頃
"太平記英雄傳 登喜十郎左エ門光隣 道秀の一族にして丹州福地山の城主たり淀堤の合戦竟(つひ)に敵方の勝利となり軍散じて後久吉首実検をせんとするに終日の戦ひに討死したる両陣の尸(かばね)塁々として丘のごとくなれバ本陣の辺なる死骸を先取捨べしとて雑兵等立かかり傍へ引退る中に怪(あやしむ)べし蠢(うごめく)者あつて忽むづくと起上り短刀を閃し久吉を目がけ飛かゝる側に在たる加田切捨作且元主君の大事と駈塞(かけふさがり)鎗を絞て突んとなす光隣心苛て持たる短刀投捨つゝ太刀抜かざし大音上登喜十郎左エ門光隣此所に伏て敵将を待り首を渡せと呼張て勢猛く切てかゝるを加田切一世の勇を震ひ人交もせず戦へバ面々に堅唾を呑人屏風を立て見物なすうち光隣が運や極りけん加田切大喝して突出す鎗に肩口深く串(つらぬ)かれ漂ひながらも手練の勇者捨作が鎗を片手なぐりに切伏しが初の痛手に刀法乱れ竟に加田切が為に陣没なしぬ遖(あつはれ)勇々しき豪傑とぞいひつべし 一家略傳史 柳下亭種員記"
太平記英雄傳 登喜十郎左エ門光隣 歌川国芳 1848年頃
"太平記英雄傳 登喜十郎左エ門光隣 道秀の一族にして丹州福地山の城主たり淀堤の合戦竟(つひ)に敵方の勝利となり軍散じて後久吉首実検をせんとするに終日の戦ひに討死したる両陣の尸(かばね)塁々として丘のごとくなれバ本陣の辺なる死骸を先取捨べしとて雑兵等立かかり傍へ引退る中に怪(あやしむ)べし蠢(うごめく)者あつて忽むづくと起上り短刀を閃し久吉を目がけ飛かゝる側に在たる加田切捨作且元主君の大事と駈塞(かけふさがり)鎗を絞て突んとなす光隣心苛て持たる短刀投捨つゝ太刀抜かざし大音上登喜十郎左エ門光隣此所に伏て敵将を待り首を渡せと呼張て勢猛く切てかゝるを加田切一世の勇を震ひ人交もせず戦へバ面々に堅唾を呑人屏風を立て見物なすうち光隣が運や極りけん加田切大喝して突出す鎗に肩口深く串(つらぬ)かれ漂ひながらも手練の勇者捨作が鎗を片手なぐりに切伏しが初の痛手に刀法乱れ竟に加田切が為に陣没なしぬ遖(あつはれ)勇々しき豪傑とぞいひつべし 一家略傳史 柳下亭種員記"
2011年7月11日月曜日
足りないだらけ(背戸の段畑替歌)
足りないだらけ(背戸の段畑替歌) ビクター 1928-06
益田太郎冠者[作詞] 朝居丸子[唄・三絃]
とかくナー 世の中は不自由がちだが
皆さんご存知 嫌にこの頃ァ足りないだらけだよ
命と掛け替えのお米が足りない さりとて南京米じゃ栄養が足りない
道理で日本人は根気が足りない これだけ出しても税金が足りない
電車が足りない電話が足りない 水道が足りない水撒きが足りない
芸者が足りない旦那も足りない たまさか会っても情愛が足りない
女中が足りない乳母(おんば)が足りない 職人が足りないお百姓が足りない
小僧さんが足りない掃除屋が足りない 警官が足りない兵隊さんが足りない
軍艦が足りない飛行機がまるきり足りない 学校が足りない生娘が足りない
肝心要の月々人気が足りはせぬ
ハァこれほど言っても言い足りないほど 足りないこの世に毎年増えるは
不入りと歳だけそれをも承知で 何時まで経ってもあくせくしている
私が一番マァ足りませぬ
※下線引いた部分は聞き取りに自信が無い
益田太郎冠者[作詞] 朝居丸子[唄・三絃]
とかくナー 世の中は不自由がちだが
皆さんご存知 嫌にこの頃ァ足りないだらけだよ
命と掛け替えのお米が足りない さりとて南京米じゃ栄養が足りない
道理で日本人は根気が足りない これだけ出しても税金が足りない
電車が足りない電話が足りない 水道が足りない水撒きが足りない
芸者が足りない旦那も足りない たまさか会っても情愛が足りない
女中が足りない乳母(おんば)が足りない 職人が足りないお百姓が足りない
小僧さんが足りない掃除屋が足りない 警官が足りない兵隊さんが足りない
軍艦が足りない飛行機がまるきり足りない 学校が足りない生娘が足りない
肝心要の月々人気が足りはせぬ
ハァこれほど言っても言い足りないほど 足りないこの世に毎年増えるは
不入りと歳だけそれをも承知で 何時まで経ってもあくせくしている
私が一番マァ足りませぬ
※下線引いた部分は聞き取りに自信が無い
2011年7月2日土曜日
薩摩琵琶歌 桜狩
櫻花詞
逸名
薄命能伸旬日壽
納言姓字冒此花
零丁借宿平忠度
吟詠怨風源義家
滋賀浦荒翻暖雪
奈良都古簇紅霞
南朝天子今何在
欲望芳山路更賖
櫻花の詞
おうかのし
逸名
いつめい
薄命能く伸ぶ 旬日の壽 納言の姓字は 此の花を冒す
はくめいよくのぶ じゅんじつのじゅ なごんのせいじは このはなをおかす
零丁宿を借る 平忠度 吟詠風を怨む 源義家
れいていやどをかる たいらのただのり ぎんえいかぜをうらむ みなもとのよしいえ
滋賀の浦は荒れて 暖雪翻り 奈良の都は古りて 紅霞簇がる
しがのうらはあれて だんせつひるがえり ならのみやこはふりて こうかむらがる
南朝の天子 今何くにか在す 芳山を望まんと欲すれば 路更に賖かなり
なんちょうのてんし いまいずくにかおわす ほうざんをのぞまんとほっすれば みちさらにはるかなり
祖父に負われて背中で聞いていた「はくめいよくのぶ~」という歌がなんなのかハッキリしたのでコチラから写させてもらった。
それが薩摩琵琶歌であるというのは少し大きくなったときに聞いてはいたのだが、数年前に検索したときにはうまく見つけられなかった。
薩摩琵琶歌「桜狩」の一部として歌われるときには詞章が少し変わるようだ。「納言の姓字この花を斯す」、「南朝の天子 今いづこにか まします」とこちらのブログにある。
逸名
薄命能伸旬日壽
納言姓字冒此花
零丁借宿平忠度
吟詠怨風源義家
滋賀浦荒翻暖雪
奈良都古簇紅霞
南朝天子今何在
欲望芳山路更賖
櫻花の詞
おうかのし
逸名
いつめい
薄命能く伸ぶ 旬日の壽 納言の姓字は 此の花を冒す
はくめいよくのぶ じゅんじつのじゅ なごんのせいじは このはなをおかす
零丁宿を借る 平忠度 吟詠風を怨む 源義家
れいていやどをかる たいらのただのり ぎんえいかぜをうらむ みなもとのよしいえ
滋賀の浦は荒れて 暖雪翻り 奈良の都は古りて 紅霞簇がる
しがのうらはあれて だんせつひるがえり ならのみやこはふりて こうかむらがる
南朝の天子 今何くにか在す 芳山を望まんと欲すれば 路更に賖かなり
なんちょうのてんし いまいずくにかおわす ほうざんをのぞまんとほっすれば みちさらにはるかなり
祖父に負われて背中で聞いていた「はくめいよくのぶ~」という歌がなんなのかハッキリしたのでコチラから写させてもらった。
それが薩摩琵琶歌であるというのは少し大きくなったときに聞いてはいたのだが、数年前に検索したときにはうまく見つけられなかった。
薩摩琵琶歌「桜狩」の一部として歌われるときには詞章が少し変わるようだ。「納言の姓字この花を斯す」、「南朝の天子 今いづこにか まします」とこちらのブログにある。
2011年7月1日金曜日
2011年6月30日木曜日
都會で流行の家庭美容美顔術 松井千枝子 著 序
本文 - 都会で流行の家庭美容美顔術|近代デジタルライブラリー
序に代へて
新らしい時代には、新らしい美容法がなければなりません。いつまでも、いつまでも舊い習慣にとらはれて居りますことは、徒(いたづら)に時代の潮流に逆(そむ)いて棹(さをさ)す舟人の愚さでございませう。
新らしい時代を作つてゆく、一つの大きな力と致しましての、映畫の影響は拒(いな)むことが、出来なくなつて参りました今日、私共のつたない實際の經驗を申し上げますのも、あながちに無駄なことばかりでもないやうに存じます。
たとへば、春の朗(ほがらか)な陽射のもと、伸びやう/\とする若草の緑萌ゆる野邊!その逍遥(そぞろあるき)に私共の生の力は、ともどもにはちきれやうと溢れ出て参ります。
美も、かくほがらかに、かく自然に、溢れて来なければなりません。
お化粧(つくり)によつて、唯美しく見せますことは、ぢきに飽かれてしまひ易いものでございますから……………。私共の仕事として、お化粧をする裏には、かうした方面への種々な、苦心や、研究がなければならないことでございます。
さうしたことで、諸嬢(みなさま)に直接、お役に立てばと思つた事柄を順序もなく、プランもなく、唯、漫然と書きしたゝめて参りましたのが本書でございます。
出来てしまつてから、種々と意に満たぬ點も出来て参りましたが、それは他日を待つて訂正すると致しまして、とりあへず、拙き私の贈物を、諸嬢の前へ捧げさして戴くのでございます。
御大典の秋 松井千枝子
序に代へて
新らしい時代には、新らしい美容法がなければなりません。いつまでも、いつまでも舊い習慣にとらはれて居りますことは、徒(いたづら)に時代の潮流に逆(そむ)いて棹(さをさ)す舟人の愚さでございませう。
新らしい時代を作つてゆく、一つの大きな力と致しましての、映畫の影響は拒(いな)むことが、出来なくなつて参りました今日、私共のつたない實際の經驗を申し上げますのも、あながちに無駄なことばかりでもないやうに存じます。
たとへば、春の朗(ほがらか)な陽射のもと、伸びやう/\とする若草の緑萌ゆる野邊!その逍遥(そぞろあるき)に私共の生の力は、ともどもにはちきれやうと溢れ出て参ります。
美も、かくほがらかに、かく自然に、溢れて来なければなりません。
お化粧(つくり)によつて、唯美しく見せますことは、ぢきに飽かれてしまひ易いものでございますから……………。私共の仕事として、お化粧をする裏には、かうした方面への種々な、苦心や、研究がなければならないことでございます。
さうしたことで、諸嬢(みなさま)に直接、お役に立てばと思つた事柄を順序もなく、プランもなく、唯、漫然と書きしたゝめて参りましたのが本書でございます。
出来てしまつてから、種々と意に満たぬ點も出来て参りましたが、それは他日を待つて訂正すると致しまして、とりあへず、拙き私の贈物を、諸嬢の前へ捧げさして戴くのでございます。
御大典の秋 松井千枝子
※「近代デジタルライブラリー■平成23年6月の追加資料の紹介」より。「プランもなく」という表現が目を引いたのでテキストを起こした。
※文中「はちきれ」の強調は、実際には傍点による。
2009年11月6日金曜日
短日の・・・
みじかびの きゃぷりきとれば すぎちょびれ
すぎかきすらの はっぱふみふみ
この「みじかび(短日)」が冬の季語である、てなことを書くためだけに2009年の11月にブログを作った、ということがあった。
懲りもせずまたブログをはじめてしまったので書いておく。
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