序に代へて
新らしい時代には、新らしい美容法がなければなりません。いつまでも、いつまでも舊い習慣にとらはれて居りますことは、徒(いたづら)に時代の潮流に逆(そむ)いて棹(さをさ)す舟人の愚さでございませう。
新らしい時代を作つてゆく、一つの大きな力と致しましての、映畫の影響は拒(いな)むことが、出来なくなつて参りました今日、私共のつたない實際の經驗を申し上げますのも、あながちに無駄なことばかりでもないやうに存じます。
たとへば、春の朗(ほがらか)な陽射のもと、伸びやう/\とする若草の緑萌ゆる野邊!その逍遥(そぞろあるき)に私共の生の力は、ともどもにはちきれやうと溢れ出て参ります。
美も、かくほがらかに、かく自然に、溢れて来なければなりません。
お化粧(つくり)によつて、唯美しく見せますことは、ぢきに飽かれてしまひ易いものでございますから……………。私共の仕事として、お化粧をする裏には、かうした方面への種々な、苦心や、研究がなければならないことでございます。
さうしたことで、諸嬢(みなさま)に直接、お役に立てばと思つた事柄を順序もなく、プランもなく、唯、漫然と書きしたゝめて参りましたのが本書でございます。
出来てしまつてから、種々と意に満たぬ點も出来て参りましたが、それは他日を待つて訂正すると致しまして、とりあへず、拙き私の贈物を、諸嬢の前へ捧げさして戴くのでございます。
御大典の秋 松井千枝子
※「近代デジタルライブラリー■平成23年6月の追加資料の紹介」より。「プランもなく」という表現が目を引いたのでテキストを起こした。
※文中「はちきれ」の強調は、実際には傍点による。
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